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醤油工場の現状の見学に小豆島に渡りました・・・・

意外と知られてないのですが、小豆島は幕末から維新にかけては
津山藩の飛び地であったのでその歴史的な縁はただならぬものがあります
明治維新の時は
小豆島の9村のうち池田・土庄等6村が津山藩の飛び地だったそうで
津山との関係は
その後廃藩置県で津山県から岡山県北部が、北条県になり
明治5年、その北条県から香川県に移管されるまで続いたそうです

さて、
今も16の醤油蔵が人口わずか3万の島にひしめき合っています
醤油大手5社の一角を占める
地元最大手「マルキン」が、盛田の子会社になるなど
以前の勢いは、見られませんが・・・

また、醤油メーカーは、上位の寡占が強く
大手五社で50%以上のシェアを握ると聞きます

小豆島の醤油は、もともと1592~95年の大阪城の石の切り出しのころ
紀州湯浅から醤油の醸造技術が来たのではないかと言われています
瀬戸内の塩の製造が盛んであったこと
海上交通が陸送より有利であったので定着したのではないでしょうか?
P1000965.jpg
↑マルキン忠勇さん売店、蔵
P1000964.jpg
↑↑マルキン忠勇さん蔵

日本酒も醤油も原料こそ違いますが
原料を加熱し、麹をつくり、搾る・・・・その工程、機械類は良く似ています
以前、ヒガシマルの記念館に行ったとき
子供のころ見た懐かしい機械がたくさんあったのを思い出しました

ただ、醤油蔵は、塩を使うので
酒蔵では昭和30年代には姿を消した
木桶が今でも現役の所もあります・・・・


特にこの小豆島は現役の木桶が多いことで知られています
≪その詳細は次回≫




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Author:作州武蔵くん
中国山地の片田舎&小酒屋の長男に生まれてしまい、しかもなぜか進んだ道は薬剤師と言う変人です。
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